広島で〝戦争と平和〟を学ぶ

  • 世界遺産リストの登録名称は「Hiroshima Peace Memorial(広島平和記念碑)」。
    世界遺産リストの登録名称は「Hiroshima Peace Memorial(広島平和記念碑)」。
  • 爆心地周辺を恒久平和の象徴の地として整備することを目的に誕生した「平和記念公園」。
    爆心地周辺を恒久平和の象徴の地として整備することを目的に誕生した「平和記念公園」。
  • 現在も残る大久野島の発電所跡。
    現在も残る大久野島の発電所跡。
子どもたちに戦争や平和の大切さを伝えていくことはなかなか難しいもの。ネットや本だけの情報で作るよりも、広島を訪れ、戦争関連の建物や資料を目にすることで感じることも一層深くなるはずです。
  • 広島の物産品の展示・販売をする施設として誕生。昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分、原爆によって大破しました。

    広島の物産品の展示・販売をする施設として誕生。昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分、原爆によって大破しました。

  • 原爆ドームは平成8年(1996年)12月に世界文化遺産に登録されました。

    原爆ドームは平成8年(1996年)12月に世界文化遺産に登録されました。

  • 現在では、核兵器廃絶と平和の大切さを世界へ訴えるシンボル的存在として、世界中から人々が訪れています。

    現在では、核兵器廃絶と平和の大切さを世界へ訴えるシンボル的存在として、世界中から人々が訪れています。

  • 原爆ドームへの立ち入りは不可で、外からの見学のみ。すぐ側の元安川を進む高速船から眺めるのもひと味違う体験に。

    原爆ドームへの立ち入りは不可で、外からの見学のみ。すぐ側の元安川を進む高速船から眺めるのもひと味違う体験に。

世界文化遺産に登録されている核兵器の悲惨さを伝える建築物
史上初めての原子爆弾が投下された広島。爆弾はこの建物のほぼ直上約600メートルの空中で爆発しました。このたった1個の原爆によって死亡した人の数については、現在も正確にはつかめていません。しかし、放射線による急性障害が一応おさまった、昭和20年(1945年)12月末までに、約14万人が死亡したと推計されています。約2キロメートルにおよぶ市街地が廃墟と化した…この悲痛な事実、核兵器による惨状をそのままの形で今に伝える原爆ドームを前に、さまざまなことを感じ、親子で考えてみてはいかがでしょうか。世界で唯一の被爆国・日本に生まれた国民として、核兵器廃絶と恒久平和の大切さを知ることのできる、有意義な旅になることでしょう。
  • 本川(旧太田川)が元安川と分岐する三角州の最上流部に位置。公園の中央には原爆死没者慰霊碑が建つ。

    本川(旧太田川)が元安川と分岐する三角州の最上流部に位置。公園の中央には原爆死没者慰霊碑が建つ。

  • 2歳の時に被爆し、10年後に白血病を発病して亡くなった佐々木禎子さん。同級生の呼びかけと募金活動により「原爆の子の像」が作られました。

    2歳の時に被爆し、10年後に白血病を発病して亡くなった佐々木禎子さん。同級生の呼びかけと募金活動により「原爆の子の像」が作られました。

  • 公園内にある「広島平和記念資料館」は1955年(昭和30年)に開館。現在、改修工事のため本館は閉館中。グランドオープンは2018年予定。

    公園内にある「広島平和記念資料館」は1955年(昭和30年)に開館。現在、改修工事のため本館は閉館中。グランドオープンは2018年予定。

  • 爆心地から約1.3km離れた、中区東白島町の広島逓信局(現在の日本郵政グループ広島ビル)の中庭で被爆。枝葉は全てなくなり、幹は爆心側の半分が焼けてしまいましたが、翌年の春になって芽吹いたことで人々に生きる勇気を与えました。

    爆心地から約1.3km離れた、中区東白島町の広島逓信局(現在の日本郵政グループ広島ビル)の中庭で被爆。枝葉は全てなくなり、幹は爆心側の半分が焼けてしまいましたが、翌年の春になって芽吹いたことで人々に生きる勇気を与えました。

広島平和記念資料館には被爆の惨状を示す資料などを展示
「平和記念公園」がある場所は、実は江戸時代から昭和初期に至るまで広島市の中心的な繁華街でした。それが昭和20年(1945年 )の8月6日、人類史上初めて落とされた一発の原子爆弾により破壊。爆心地に近い場所として、世界の恒久平和を願い、公園が建設されました。園内には原爆ドームや原爆死没者慰霊碑などが点在。平和のシンボルとして世界中の人に知られる〝折り鶴〟のはじまりとなった佐々木禎子さんがモデルの「原爆の子の像」、慰霊碑やモニュメント、「広島平和記念資料館」の資料を見て歩きましょう。平和の大切さをより一層感じられ、一人一人どんなことができるのか考えるきっかけになるはずです。
  • 現在も残る発電所跡。島内には毒ガスの歴史を学ぶことができる「毒ガス資料館」もあります。

    現在も残る発電所跡。島内には毒ガスの歴史を学ぶことができる「毒ガス資料館」もあります。

  • 700羽以上生息する「ウサギ島」としても知られる大久野島。海外観光客からも注目を集めています。

    700羽以上生息する「ウサギ島」としても知られる大久野島。海外観光客からも注目を集めています。

地図から消されていた島
大久野島は、第二次世界大戦末期まで毒ガスという国際的に禁止されていた兵器が製造されていたために、戦時中は地図からも消されていました。周囲4キロの島には今も発電場や毒ガス貯蔵庫の跡などがあり、当時の面影を残す戦争遺跡が残されています。
現在は瀬戸内海国立公園に指定され、約700羽もの野生のウサギが棲息することで知られており、温泉も楽しめるアイランドリゾートとして人気を集めています。